研究内容

国連のSDGsにおいて掲げられる「食料生産と地球環境保全の両立による持続可能な農業の実現」は人類が早急に達成すべき目標です。

この目標達成には、近年の激しい気候変動や多様な農地環境に対して作物生産を高度に最適化させる必要があります。

迅速かつ柔軟に対応できる精密な栽培管理を実現するためには何をすれば良いでしょうか?

植物が生育する土壌は、地球上で最も微生物が豊富な環境の一つです。
菌根菌や根粒菌など、植物と共生する土壌微生物は、栄養素の供給や病原菌への抵抗性の賦与などにより、植物の生長を助けています。

また日本の農業は、世界農業遺産に多く認定されるなど世界的にユニークであり、そこで生じる植物と微生物と土壌の相互作用も土地ごとに固有です。

植物と微生物と土壌の関係性を明らかにして、それらの力を最大限に利用することができれば、持続可能な食料生産と環境負荷軽減の両方を実現することができます。

私たち植物-微生物共生研究開発チームは、農業をモニタリングするシステムとして「農業デジタルツイン」の開発、農業をエンジニアリングする手段として「共生体リソース」の開発を行うことにより、農業を取り巻く生態系の実態解明と産業利用につながる世界トップクラスの研究開発を進めます。

これまでの研究成果として、世界に先駆けて農業生態系のデジタル化に成功し、多数の総説論文やメディアに取り上げていただきました。

また植物共生微生物の一つであるアーバスキュラー菌根菌の単離培養に加え、独自の微生物スクリーニングによる有用微生物の単離、さらにはハイスループットな微生物叢解析の技術の開発などを進めており、植物微生物分野で活用できる技術開発を進めています。

日本ならではの植物微生物研究から生まれるイノベーションを起こしたい。

植物-微生物共生研究開発チームは、そのムーブメントに貢献する研究開発を進めることで、日本の農業ひいては世界の農業に貢献できる21世紀の緑の革命をめざします。

農業デジタルツインの開発
植物-微生物-土壌の農業環境のバランスを整え、持続的な作物生産を可能にするため、農業をモニタリングするシステムの開発が必要です。そこで本チームでは農業現場でのマルチオミクス解析により農業生態系のデジタル化を進めており(Ichihashi et al., PNAS 2020)、これらのデジタルデータを使って、農業生態系をサイバー空間でシミュレーションできる農業デジタルツインを開発するプロジェクトを始動しました(内閣府ムーンショットプロジェクト)。本システムでは、収穫時期までの気象予測とその土地の土壌データに基づき、作物の収量や品質さらに環境負荷を予測して、その土地に合った最適な栽培管理を導き出すことができます。本システムを使うことで、それぞれの土地で安定した収量・品質の作物をオーダーメイドに生産するができ、高収益化とともに効率的な資源循環の実現が期待されます。

共生体リソースの開発
地球上にはおよそ1兆種の微生物が存在し、99%以上は未培養性です。特に植物が生育する土壌には多くの微生物が存在しているため、植物-微生物共生分野の理解を進めるためには植物と共生する微生物の単離培養が必須になります。そこで本チームでは、植物-微生物共生で最も一般的な共生微生物の一つであるアーバスキュラー菌根をはじめ、国内の様々な土壌から有用な植物共生微生物の新規リソース開発を進めています。加えて、マイクロドロップレット技術と次世代シーケンサーを活用して、従来技術の1,000倍以上の高効率で、膨大な未知環境微生物から病原菌の拮抗微生物を分離培養し、リソース化する技術基盤の構築を進めています(成川 恵, 市橋 泰範 「有用微生物のスクリーニング方法」 特願2022-074332)。これにより、シーケンス技術・ゲノム編集に次いで、スクリーニング技術により生命科学にイノベーションを起こし、微生物によるものづくりに貢献します。また取得した共生微生物の機能を評価するため、モデル植物ミナトカモジグサなど、様々な植物微生物共生のモデル実験系を使って共生現象の実態解明を進めています。